善き人の話

2012.01.21 17:23|溺れる恋
あの人は、

「善き夫」

「善き父親」

わたしにとっても「善き恋人」だから。


「善きサマリア人」

聖書の一文が頭に浮かぶ。


運河のベンチであの人にこう言った。

「わたしがここに落ちたら」

「わたしを助けてくれる?」

「当たり前や、すぐに助けたる」

「わたし、全然泳げないんだけど」

「うそや、運動神経ええやろ」

「ううん、泳ぎだけはだめ」

「大丈夫や、しっかり背負ってでも泳ぐ」

「本当に」

「ほんまや」

「泳げないんやら、尚更助けないといかん」


あの人は「善きサマリア人」、

きっとその場を離れたりはしない。

わたしはそれを言葉で確かめてみる。

けれど、あの人は誰にでもそうするのだと思う。

本当は、善き行いから外れた時間を過ごしていたとしても。

後の、その行動を責められたら・・・。

あの人は、どうするのだろう。


わたしは、見て見ぬ振りをして通り過ぎる人だ。

あの人の守る人が、目の前で傷ついて居たとして、

助けることはしないだろう。

「どうして助けてくれない」あの人が懇願したとしても、

きっとしないだろう。


あの人が守る人。

わたしの窮地を救ったあの人を、

本当に許してはくれるのだろうか。


善きサマリア人を責めるのは、

善き行いを施された周囲の人々と決まっている。


少し聖書の教えからはかけ離れたけれど・・・。


わたしはあの人の「かわいい人」だから、

通り過ぎることが出来ないと思うだけだ。



東の街に残された晩。

あの人は深夜にようやく一人になる。

そうして、ベランダで密やかに話をする。

「ごめん、やっと静かになった」

「寒くない?」

「大丈夫や」

そうして20分ほど囁き合う。

ふと頭によぎる。

守る人は気にも留めないのだろうか。


「なあ、週末早く切り上げるわ」

「日曜、早めにそっち帰る」


いつもは週の初めの一便で帰るのに・・・。

そうさせて、わたしは満足する。

あの人の行いは、きっと後に責められる。

わたしにとっての「善き人」は、

あの人の守る人にとって、そうは見えないはずだから。


日曜の晩。

西から到着したあの人を。

わたしは迎えに行く。


わたしの「善き人」は、罪深い。

わたしは善き人では無いから、

それを罪とは思わない。


「善き夫」

「善き父親」

「善き恋人」

一人が演じきるには無理がある。

だから、

善き人は、

罪な行いには不向きだ。

善き人であり、罪深い人。

わたしと居る時は、

「罪深い人」で居て欲しいと思った。

それがわたしの慈悲の心だ。





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