遭難信号
「4時に着くよ」
年始。相変わらず人々で溢れかえる街。
密やかな恋をするわたし達が冷たい風をしのぐ場所。
河に向かい歩く。奥に行くと「赤線」だった界隈がある。
大きな街。そして忍ぶには絶好の立地だ。
地下街で時間を潰し「上から眺められる」スタバに入った。
ハウスブレンドをマグで飲みながら北側を向いて座る。
ここに座れば歩いてくるあの人が見える。
紺色の厚手のジャケットを着たあの人が見えた。
リュックを右肩に下げて。
ちょっと笑って手を振った。
急な階段を上がって「愛しい人」が現れる。
「やあ」
「何、その やあ ってのは」
「すごく懐かしいから」
後ろめたい。わたしの様子を伺っている。
「泣かなかったか」
「泣いてないよ」
「そうか」
よそよそしい距離感。
8日間という「距離」がそうさせる。
「なあ、暖かいところへ行こう」
距離を近づけないといけない。
「叱られた犬」みたい。
「シュン。しょんぼりって感じ」
「そりゃ、失礼や」
「でも、そうかもしれんな・・・。」
昔の「赤線」に向かう道にある所。
部屋に入るといつものあの人が戻ってきた。
「ねえ、屈んでキスして」
「いつもの目」に戻る。
ソファに座って屈んだあの人の首に手をかける。
「くるしい」
「苦しんでも仕方がない」
「勘弁してくれ」
そしてわたしは首筋にキスをした。
「シャンプーの香り」がする。
「ねえ、いつもと違う」
「ごめんな」
「でも、家出る前にちゃんとシャワー浴びた」
「そうみたい」
右の頬に顔をつけるとやっとあの人の匂いがした。
「またクンクン嗅がれてる」
「なあ、シャワー浴びてこよう」
あの人の「体」が戻ってきた。
わたしの所に預けて行った「心」に入り込んだ。
密やかな恋、わたし達の物理的距離は時に幸福をもたらす。
けれどその距離は時に酷く残酷なのだ。
あの人は「心」だけ残し時々「体」は遠くに行ってしまう。
そしてあの人の居場所をわたしは知らない。
そこであの人はあまりにも違う表情をしているはずだから。
暖房を入れても肌寒い。
女が燃えきるには暑いくらいがちょうどいい。
「なあ、足とか冷たい」
「じゃあ汗をかくまでがんばらないと」
「ほな、少佐!これより任務遂行に入ります!」
「君は、下士官だから絶対服従だよ」
「ラジャー」
わたし達はいつも楽しんでいる。
言葉と気持ちいいことの「キャッチボール」をして楽しむ。
あの人は「笑いのツボが一緒」と言う。
任務遂行に入った「わたしの犬」は確実に計画通りに進む。
真夏の暑い頃から、得意の攻撃を駆使してわたしを撃ち落とす。
「ねえ、もう少しで・・・撃墜される」
「気持ちええか?」
「うん」
「墜落寸前・・・」
馬鹿なことを耳元で囁きながら。。。
わたしはあれだ。
「ねえ、ねえ、乱気流に巻き込まれたみたい」
声にならない微かな・・・呟き。
「墜落や」
「救助要請。メーデー。メーデー。メーデー。・・・。」
「遭難信号・・・・キャッチ。今から救助へ向かい・・・ます」
「ダメやあ。オレも墜落やあ」
「venez m'aider」 ~「ヴゥネ・メデ」
「なんやそれ」
「助けに来て」
「フランス語」
「イチイチかっこええな」
一度目は「不真面目」に絡み合った。
それでもあの人は気持ちよく果てた。
わたしも気持ち良く墜落した。
喉が渇く。
「28度」
エアコンの乾いた風で喉が干からびた。
水をごくごくと音を立てて飲む。
口から溢れた水が首筋を伝って流れおちた。
「なあ、セクシーや」
「無理してももっと早く帰ってくればよかった」
ベッドで横たわるあの人が呟く。
「なあ、もう燃料補給完了や」
「補給部隊の到着早かったんだ?」
「ああ。そうや」
「今度はな、色っぽくしような」
「セックスはスポーツだ」
そして
「セックスは二人で楽しむもの」
「子孫を残すための本能」ではない。
だって現代に生きる者だから。
人だけが年中「発情」している生き物で
それをコントロールできるのだから。
「なあ、蕎麦、食べに行こか」
「濃いツユのが食べたくなったんや」
いつもお腹が空く。
「あたし、天ぷら付きがイイ!」
今年もわたし達は絡まり合うことに没頭するだろう。
「ふふふ」とわたしは小さな笑みを浮かべる。
「心と体はわたしのモノに決まっている」
「甘い香り」を全身に纏いあの人は満足気に見える。
「明日から仕事やな」
動き出す。
新しい年。
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